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ヒッチハイクの旅
(ダーウィン→ケアンズ)

旅行手段 ヒッチハイク
メンバー 自分ひとり
旅行日数 7日
走行距離 約キロ

9月11日金) ヒッチハイクの旅

今日、ケアンズに向けてダーウィンを出発した。途中まで歩き、町のちょっとはずれで歩きながらヒッチした。こんな町中で車が捕まるのかなと不安を抱えながらも重い荷物を背負い、右手を道路側に出して歩き続けた。疲れたのでちょっと休憩して、バックパックをおろしてその上に座って車を待った。みんな自分の方を向いてくれるけど、何台も何台も車は通りする。
一台の車がスローダウンしてちょっと先に止まった。でも乗せてくれる気配はない。続けて車を待った。さっきの車はずっと止まっている。さっきから誰かを呼んでいるみたいだ。もしかしたらと思い、近くまで行ってみるとさっきから俺を呼んでたみたいだ。近くのショッピングセンターまで乗せてくれる事になったが、たったの10分程度の距離で「ガソリン代20ドル払え」と言うので、「たったの10分で20ドル?」と聞き返した。そしたら10ドルでいいと言うので『5ドルならいい。じゃないとタクシーと一緒だ』と言って5ドルで乗せてもらった。お金は払ったもののタイ人の女の子4人組みに囲まれていたのでまあいいか。

本当にちょっとの距離を乗せてもらい、ショッピングセンターで降ろしてもらった。その後南に向かう道へ少し歩き、車を待つ事30分ぐらい、一回変な人にどなられたものの、ロブという人が止まってくれて20キロ先まで乗せてくれた。ちょっとずつちょっとずつ前に進んで行く。

ガソリンスタンドでロブの車を降り、道路に座って待つ事20分ぐらい。今度はツアーのバスが止まってくれた。運転手の名はピーター。目的地を聞かれたのでケアンズと言った。彼はダーウィンから家に帰る途中でハンティングのツアーの仕事をしてきたらしい。ブタを撃ってきたそうだ。。

途中のガソリンスタンドでピーターの友達と出会い、彼がケアンズまで乗せてってくれることになった。彼等は時間をかけてケアンズまで行くのだが、ピーターの住む町を通り過ぎるようなので、とりあえずピーターの家がある町、ボロルーラまで行って、そこで彼等を待つこととなった。一日目にしてケアンズまでのリフトが見つかり、とてもついている。

戦車を乗せたロードトレインがいたので近寄ってみた。生まれて初めて戦車に触った。
車を走り続けてとりあえずボロルーラに向かった。自転車で何日もかけて走ったところを数時間で通りすぎる。
途中、クロコダイルダンディーに出演していたバッファローを見た。ピーターもクロコダイルダンディー系の野生的な男だ。

オーストラリアはでかい。舗装されてない道を通っていると、途中でピーターがでかい蛇をみつけた。持たせてもらった。捕まえて袋に入れて今度のフェスティバルに持って行くつもりだ。

途中、ボロルーラの100キロぐらい手前でバーに寄った。田舎の雰囲気で、地元の人達でにぎわっていていい感じだった。

やっとボロルーラに着いた時にはもう23時40分。ピーターの家に泊めてくれたけど、どうしてこんなに親切なんだろう。悪い人じゃなさそうだけど油断は禁物。家の中はクモの巣だらけ。


9月12日(土) アボと交流

ピーターの家にはジュゴンの骸骨がある。彼の英語はとても聞きづらい。昨日の夜、だれかが何回もドアをノックする音がした。朝5時頃にはにわとりがずーっと鳴き続けるし、騒がしい家だ。

まだ町は見ていない。人口800人の小さな町だ。すごい所に来てしまった。これから舗装されてない道を通ってケアンズまで行くと思うと面白そう。

アーミーが多い。タイヤが110個も着いているロードトレインが走っている。いつもこの町でエクササイズしていて、敵と味方に別れて訓練して、白の十字が着いてる人が審判だそうだ。

きっとこの町に日本人が来るなんて初めてじゃないかと思ってしまうくらい何もないつまらない町だ。通り過ぎる人はいても何日も滞在する人はいないだろう。博物館のビジターズブックを見ても日本人はいなかった。なんだかとても興味深い。

うんこがたくさん落ちている。今日一日だけでうんこをふたつも踏んでしまった。気を付けよう。

勝手に一人でベランダに落ち着いてしまっている。なんだかピーターには気を使うけど、いい人そうだ。昔ここでジュゴン狩りをしていたらしい。歩いては行けないが、海は近い。

誰も来なさそうな所に来てのんびりしてるのは楽しいけど、あまりやる事が無い。日陰でそよ風に吹かれて、とてもいい感じだ。今は何かやりたくても何もできないし、何を考えてもしょうがないので、ただひたすらのんびりするのみだ。

川で泳ぎたいけどワニに食われてしまう。釣りでもしたい。
公衆電話から電話しようとしたら電話がかかってきてびっくりした。
装甲車のようなタイヤが8個着いた車がたくさん走ってて戦争中みたい。今にもオーストラリア軍のキャンプに日本軍が爆弾を落としてきそうだ。

昼寝して、買い物に行ったらアボの集団に話しかけられた。恐る恐る近寄ったけどフレンドリーでいい人達だった。アボは恐い顔してるけどいい人だ。たくさんいたので名前は覚えきれない。でも、町が小さくみんながみんなを知っていて、「またどこかで会えばすぐわかるぜ」って言われた。その通り。お父さんが大阪の空港を作りに行ったと言ってたけどほんとかな?うそっぽい。でもいい奴らだ。
アボと交流を深めた。

オーストラリア軍の、捕虜となる


9月13日(日)

今日は川へ連れて行ってもらい、ピーターのボートに乗せてもらった。今日の夜、誰かの車を川に落とすみたいだ。

アボの子供はかわいらしい。あまり見たことの無い青い髪のアジア人をとても興味深そうに見ている。名前を聞いてきたので、「Go」と答えたけど、あっち行けという意味で捕らえていないといいけど。Goは名前なんだけど。

この町、結構気に入ったかも。ここの空港で仕事があってビザが取れたらここに住んでもいいと思う。ただ、ワニがいるから川で泳げないというのと、今は冬のはずなのにこの暑さ。夏はどうなるんだろう。溶けてなくなってしまうんじゃないだろうかと思うぐらいの暑さだ。

電話をかけに行ったら、アボの子が「あなた、大丈夫?」と聞いてきた。どういう意味だろう。そのままうけとればいいのかな?アボの母は笑ってるし、きっとこの青い頭を見てからかっているんだろう。まあいい。

ボロルーラリバーでのクルーズ

悪いニュースが入った。やられた!ここからケアンズまで乗せてくれるはずの車が、ここに来るまでの途中でもヒッチハイカーを乗せて事故を起こし、保険が降りないとかどうとかで、よくわかんないけど、みんなでもうヒッチハイカーは乗せない事にしたらしい。おーい、電話でもしてもっと早く教えろよ。俺はなにしてんだこんな町で。まあ、仕方ない。

BASHとか言う企画で、へんな人形とかバッファローの骸骨とかで飾りつけた車、30〜40台ぐらいで子供のチャリティーをしながら旅をしている。そのうちの一台に乗せてもらえるはずだったのに。

夜、そのBASHのパーティーが始まった。いい感じの田舎のバーだ。バーと言っても無理矢理バーにしたって感じで、外では質素なバンドがトラックの荷台で演奏してる。募金の仕方が面白い。みんな金持ちの集まりみたいで、みんなをまとめてるような人がかってに違反を作って罰金を取って、それを募金にしている。
子供が場違いな日本人に興味を持ったみたいで近寄ってきた。ちょっかいを出してくる。無視するのもかわいそうだと思っていたら、勝手に鬼ごっこが始まってしまった。しまった。調子に乗せてしまった。他の子達も寄ってきて4人の相手をする事になった。ああ、疲れた。

飾りをつけた車の集まり

とりあえず今日はねる。明日はどうやってこの町を出よう。ああ。


9月14日(月)

今日は夜出発するみたいだ。ピーターが途中まで送ってくれる。

ここボロルーラの帽子を記念にほしくなった。埃がかぶっていて床に落ちていたので、もしかしたらくれると思ったけどちょうだいとは言えなかった。なので遠まわし作戦。どこでこの帽子買ったの?から始まって店に見に行っても売ってなかった(本当になかった)と言ったら、じゃ、これやるよって言う言葉を待っていたが作戦失敗。だって、もう外の床に埃だらけになっててさ、床の一部になってるのに。

出発は昼からになった。国道に沿ったBARKLEYと言う町まで連れて行ってくれるのかと思ったら最初の町までだった。いや、町とは言えない。ガソリンスタンド一軒あるのみの場所だ。こんなとこ、ぜんぜん車通らないし、殺す気か?まあ、とりあえずガソリンスタンドに人がいるし、死にはしないだろうけど。ヒッチハイクと言うのは危険な人に乗せてもらうという他に、危険な場所で降ろされると言う怖さもある事に気付いた。今日はもうここに泊まるしかないと思った。なぜかピーターとその連れの車2台が俺の進行方向に車を走らせた。その2台しか車は通らなかった。
注:オーストラリアでもヒッチハイクで殺されている人もいますので気をつけましょう。

3時間ずーっと道路脇にすわっていると、ガソリンスタンドの方から呼ばれた。遠くから「のっていくかぁ?」と言われたので迷わず「YES PLEASE」と叫んだ。3時間に通った車はピーター達の車2台とこの車一台の3台だけ。この人は、わざわざ自分のためにルートを変えてくれた。

道路に座って、なかなか来ない車をひたすら待つ

結構いい人だ。勝手に話ててくれる。会話がないと気まずいけど、理解できない会話でも勝手に話してくれていると楽だ。ただ聞いているふりをしていればいい。
漁に行って来たみたいで、大きな冷蔵庫がふたつ荷台に乗っていた。その中には魚がいっぱい入っているんだって。後ろのシートには生きたマッドクラブがたくさん。ガソリンスタンドに軽油がなかったのでアーミーの人にマッドクラブふたつと軽油20リッターを交換してもらっていた。ジュゴンを食べたことがあるそうで、赤みの肉で、アボしか捕まえる事を許されてないらしい。
ビールをくれた。車内のクーラーボックスにビールがなくなると車を止めて後ろの荷台から出してきてくれる。4本も飲んだ。ああ、幸せ。でもちょっとクーラーききすぎかな。そして、ひとつ不満がある。この運転手はビールを飲みながら運転するのはいいけど、空缶をぽんぽん外へ捨てる。でも、ここはおとなしくしてないとこんな所で降ろされたら死んでしまうかもしれない。食料も水もないし車もめったに通らない。自分の空缶だけはと思い、足元へ置いておいて、ガソリンスタンドで捨てた。

途中、牛の群れや、カンガルーが何回も道路をふさいだ。運転手は飲んでいるので、時速100キロで牛にでもぶつからないか心配だった。
パンクした。もちろん街灯なんかないし、月も出てないので真っ暗の中でタイヤを交換をした。ナットをひとつ無くして見つけるのが大変だった。なかなか見つからないと思ったらおっさんのサンダルの底にはさまっていた。

夜の12時前、BERKLEYに着いた。とりあえずロードハウスのバーがまだやってたのでミートパイを買って、おっさんとさよならしてひとり裸足で夜中の草むらの中に消えて行った。バーにいた人は自分の事を心配そうに見ていた。木の影にかくれ、真っ暗の中でテントを張った。しかし、ものすごい風だ。テントごと飛ばされるんじゃないかと思うぐらいの台風並みの風が吹きっぱなしだ。起きたら違う所にいたりして。


9月15日(火)

今日はBERKLEYのロードハウスの前からのヒッチだ。風がものすごく強く、寒くて寝袋に入ったままバックパックに座ってのヒッチだ。最初から自転車の目的地をダーウィンにしておいて良かった。この風の中、ケアンズまでは進めそうもない。

結構車が通りすぎる。日本人らしき人が乗った車が通りすぎた。乗せてくれよー。
30分ぐらい待って、BRADと言う人が止まってくれた。上半身裸だったので、ゲイだったらどうしようと思ったけど、弱そうな人だったので安心した。別にゲイでも構わないけど、襲われるのは嫌だ。安心させるためにと言って免許を見せてくれたのがとても怪しく思えた。

途中のロードハウスで、さっきの日本人と会った。ツアーガイドでビジネスビザが取れたけど、移民局からの手紙でビザが取り消しになったそうだ。よくある話だ。おい、オーストラリア!日本人を働かせろよー。オーストラリア人だって、もともと移民のくせに。もともとアボリジニーの土地を勝手に奪ったくせに。たったの数百年しかオーストラリアに住んでいないくせに。アボリジニに来るなと言われれば納得いくけど。

BRADの車はスポーツカーなので速い速い。どんどん進む。調子良く走っていると突然パワーが無くなった。道路脇に停車する。ちょっと見てみたけどぜんぜんわからない。エンジンもかからないのでしかたなくBRADがヒッチして町にレッカー車を呼びに行った。一人で待つ事3時間ぐらい。RACQ(日本で言うJAF)と一緒に戻ってきて次の町、マウントアイザまで牽引。結局その日は遅かったので二人ともバッパーに泊まる事になった。
そして、夜はBRADがピザハットの食べ放題をおごってくれた。こんな機会はめったにないと思い、食いまくった。

なななななんと!バッパーに戻って、キッチンをのぞくとポートヘッドランドで仲良くなったまさひとがいた!二人で抱き合って思いがけない再会を喜んだ。そして男二人で怪しく夜景を見に行った。そして、会っていなかった時の話で盛り上がった。


9月16日(水)

今日は車のパーツが無くて出発中止。そしてバッパーにいた日本人のみんなと楽しい日を過ごした。
みんなでルックアウトに行って夜景の前でピラミッドや、サボテン、扇などの組体操をやってオージーに写真を撮ってもらった。写真を撮ってくれた後、なぜがそのオージーに握手を求められた。

バッパーに戻ってビールを飲んで騒いで、それだけだけどおもしろかった。まさひと以外はみんな今日会ったばかりなのに、もうみんな気の合う仲間だ。これがワーホリのいいとこかな。年齢なんか関係ないし、敬語と言うめんどくさい言葉もいらない。


マウントアイザのルックアウトで

9月17日(木)

今日こそは出発。まさひとは今朝、先にバスでケアンズに旅立った。
午前中、博物館に行った。そして、昔はもっとたくさんの動物がオーストラリアにいた事に驚いた。

昼頃になってやっと出発。たくさん走った。400キロぐらい走った所で運転を交代させられた。もう夜だし、人の車はあまり運転したくない。BRADはこの車をかなり大切にしているし、夜はカンガルーが出てきても見えにくい。時速100キロで走っていてカンガルーにぶつかったら車は無傷ではすまないでしょう。と思っていると、ウサギらしき動物をひいてしまった。かわいそうな事をした。やっぱり何かあったら嫌なのでBRADに運転を変わってもらった。

BRADの向かっている方向はGOLD COAST。南だ。自分は北に行かなくては行けない。
ここ、クイーンズランド州は、ヒッチハイクは違法なので、BRADが次の町で別れてからケアンズまでどうやって行くのか聞いてきた。バスか電車で行くよって言ったら、ガソリン代を払ってくれればケアンズまで乗せていってくれると言うのでお願いした。バスで行くより安くつく。

22時頃、なんとか東海岸の町、TOWNSVILLEに到着。結構大きな町だ。そしてバッパーに泊まった。ケアンズ到着に向けて髪をブルーに染め直した。


9月18日(金)

昼過ぎ頃ケアンズに到着した。結局ガソリン代は30ドルですんだ。

8月22日にFITZROY CROSSINGでしんじさんから買ったバイクが置いてあるシックスティーズと言うライダーのバッパーらしき所へ行った。そこは日本人ばかりでかなり汚い。でも、テント生活よりはましだ。家賃も週に30ドルもしないし、ご飯は食べ放題。

あったあった。バイク。でも、なんか前に見た時より小さくてへぼく見える。

まさひとが帰ってきた。まさひとも今日の夜中に到着したらしい。なんだろうこの人とのつながりは?パースの出発日も一緒だし、ケアンズの到着日も一緒。マウントアイザでも偶然再会し、「日本へ帰国後に大阪のアメ村の公衆便所でまた偶然あうかもな」と予告しいたら、公衆便所までは当たらなかったものの、帰国後に本当にアメ村で偶然再会した。

とりあえずふたりでご飯のおかずを買いに行った。卵とふりかけより安い、寿司の友と言うあやしい食べ物を購入した。1ドルでも1セントでも安く済ませる。ワーホリで学んだ節約の心だ。
とりあえず、寿司の友と生卵で飯を食った。寿司の友、なかなかいける。夜は住人みんなでシェア飯をする。

ここの大家というのが帰ってきた。なんか態度がでかい。いつもの楽しいワーホリの雰囲気がない。ここは普通の一軒家を、一人が大家として家賃を集めたりして、部屋にマットを敷き詰めてたくさんで住んでいるんだけど、大家もみんなも同じワーホリなのに、大家が体育会系の部活の先輩と後輩を思わせる雰囲気を作り出し、はしゃぐ気分にはなれない。春菜と言う、白に近い金髪を持つ女の子はいい感じだ。まさひとも髪を赤に染め直した。ぜんぜん染まってなかったけど。
偶然今日、直子から電話がかかってきて来て会う事になった。家まで迎えに行って、シックスティーズでみんなと一緒にシェア飯を食った。

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