パイロットへの道のり
目指せエアラインパイロット
月刊オーストラリア探検
こんなの知ってた?
自転車4600キロ旅行
パースからダーウィン
リンクとサイトマップ
見たいページへ直行
大学留学
留学体験記
永住権
永住権取得体験記
パース
西オーストラリア、パース
メール
お問い合わせはこちらまで


8ヶ月のサビ落とし

金は入ってくるようになったが、今度は期限の切れていた飛行教官資格の再取得をしなくてはいけない。飛行訓練は1時間あたり$150〜$200かかる。自分の場合はブリーフィングと言って飛行の前に簡単な授業みたいなものがあったので一回$200ぐらいかかった。金が入っても入ってもどんどん出て行くばかりで貯金の残高が$1000以上になることはまず無かった。残高$300を切ったこともあった。さすがに$300を切ったときは働けるビザがなかったので焦ったが、金がなくても日本にいる時よりはストレスを感じることはない。そこがオーストラリアのいいところでもあって、金をかけなくてもあそびかたはたくさんあるからいい。ビーチはただだし、公園はいっぱいあるし、釣りしたり、町でギター弾いたり、島へ行ったり、夕日は綺麗だし。もちろん金があればいいに越したことはないが、金が全てではないと感じさせてくれたのはマクドナルドで他人の残り物をあさっていた浮浪者のおじさんだった。汚いかっこうして臭そうだったが、そのおじさんの笑顔がすごく幸せそうだった。アフリカやアジアの人たちはそういうわけにもいかないだろうが、先進国に住んでいれば金がなくても地位がなくても幸せになれるかどうかは自分次第なんだろうと感じさせてくれる素敵な笑顔だった。
さて、8ヶ月の錆びとはなにか。教官の資格が2年ほど前に有効期限が切れていたので、またすべて英語で思い出さなくてはいけなかった。教官は、ただ空を飛ぶだけではなく、飛行前の説明を教室で英語で行って、空を飛んでいるときも飛びながら英語で説明して、生徒の間違いを英語でなおさなくてはいけない。その英語がなかなか滑らかにでてこなくて、また空では話ながらだとつっかえつっかえでぜんぜん教官ぽくない。なので、すぐにテストと言うわけにはいかず、錆びがおちるまで訓練をしなくてはいけなくなった。その訓練も上級の教官とおこなわなくてはいけなくて、彼らは常に忙しく、一ヶ月に2回ぐらいしか飛ぶことができなかった。錆びを通り越して腐食してるとまでいわれるくらいひどいもので、テストにも一回落ちてしまった。これではいけないと、単独飛行で練習練習練習、車の中でも、家の中でも、夢の中でも練習練習練習して8ヶ月目にしてやっと教官として復帰することができた。運良く、友達、トニーがそこの学校で教官をしていたので資格取得後すぐに働くことできた。トニーとの出会いも空港までの道のりでのヒッチハイクによるもので、たまたま彼は日本へ行ったこともあり、いろいろ良くしてくた。インストラクターをまたしようとは思っていなかったのだが、自分で観光客を集めて遊覧飛行などでお金を稼ごうとしたら、仕事として飛行機をかりるにはインストラクターの資格を取り戻したほうがいいとトニーに言われ、そうしたらもうやるしかないと言うことでやることとなった。

インストラクターとして働けるようになったからと言って金持ちになったわけではない。大学に通っているし、週に20時間の労働制限もあり、貧乏生活はかわらなかった。そして、学校側もアルバイトの人間に簡単に生徒を渡すわけがない。パイロット業界は自分で客を連れてこなくてはいけないぐらい厳しいものだ。ただ、運良く、うちの学校はエディスコ―ワン大学、航空科の生徒の訓練を受け持っているので毎年新入生が訓練しにやってくる。そして、最初の5時間の訓練はスペシャルプライスなので、下っ端のインストラクターが給料無しで飛ぶ事ができる。前に説明したとおり、給料がでなくても経験(飛行時間)が積めれば喜んでもいい業界だ。みんなの想像するパイロットの給料がもらえるのは大手航空会社のパイロットになってからの話し。それでも、いくら下っ端でも一応プロなので、給料が出る場合は時給で$30(約2100円)ぐらいもらうことはできる。

リストラ

バイト先のラーメン屋のラーメンはおいしかった。日本人のお客さんはみんなおいしかったと言ってくれる。ただ、パースではラーメンを知ってる人が少ないのか客は少なかった。驚くほど少なかった。それか、もうひとつのラーメン屋でまずいラーメンを食ってしまったからかもしれない。まずいラーメン屋には驚いた。とんこつ頼んでもしょうゆだから。間違えたのかな?と思ったけど友達がバイトしていたので聞いたら、それがとんこつだと言う。やっぱり日本人は、これ、とんこつですか?と聞く人もいるそうで、麺もラーメンの麺じゃないし、のりも切手をちょっと大きくしたぐらいで、もやしも3本ぐらい。ちなみに、作ってるのは日本人です。しかも、友達に聞いた話によるとチキンでダシを取っているって言うんだけど。それってとんこつじゃないような気がするんですけど。気のせいでしょうか。ほんとおかしな日本人多いなこの国は。
というわけで、バイト先が経営不振に陥り、オージーの従業員を一人残して3人ぐらい、当分お休みしてと言いわたされた。バイトのうちらにとっては辞めてくださいと同じ事だと思ったので辞める覚悟でいた。しかしその頃ちょうどインストラクターになりかけだったので、タイミングは良かったと言えばよかったかもしれない。かと言ってすぐにインストラクターで金が入ってくるわけはなく、殆どただ働きで、殆どオフィス番だった。英語の勉強だと思えばいいが、金は減る一方。しかたなく、150ドルで買ったバイクを1100ドルで売りはらった。いぇーい、一気に金が増えた。しかし、仕事場の空港までは車無しでは行くことができないので彼女のマキと半分ずつだしてワーゲンのビートル1969年式を1100ドルで買うことになった。あれ?プラマイぜろ?


強制退去

リストラをされる前、バイトをしているなら週100ドルぐらいの家賃をはらってアパートを借りることができるかもしれないと気付き、探して見付けてビーチからは徒歩15分、駅までは徒歩7分というとても良い立地条件のところに引越すこととなった。フリアコも悪くはないけど、流れてないウンコの浮いているトイレや汗臭い男のシャワールームなどの掃除も8ヶ月もしていると特に苦にはならないが、彼女が日本から来ると週80ドル払わなくてはいけない。だったら、50ドルづつ出して部屋借りちゃおうという計画だった。8ヶ月の掃除生活ともお別れ。バッパ―からの大学通学にもお別れ。ついに自分の場所を手に入れた。新居に住むこと約8ヶ月、強制退去命令が出た。べつに騒いだり、迷惑をかけたりしたわけではなく、建物のオーナーがビルごと売りやがった。もっと早くいえよ!。与えられた期間はたったの1ヶ月。売却はもっと早く決まっていたのにギリギリまで言わなかった。家賃をギリギリまで取ろうと言う考えだ。こっちは大学も仕事もあるし、暇じゃないんだよ!。ひとつの救いはテスト前ではなかったこと。おばあちゃんやおじいちゃんも何人か住んでいたので、うちらよりももっと大変だろう。改装して高級アパートにするらしいけど、こんなゴキブリ屋敷を改装したって意味ねえよと思っていたが、たまに前を通ると結構綺麗に仕上がっているように見える。
そのゴキブリ屋敷に住んでいるとき、偶然となりに日本人の若夫婦が引っ越してきた。8階建てのビルで、パースで、隣の部屋に日本人なんて本当に偶然だ。その夫婦ももちろん追い出されるわけで、みんなして新居を探していた。次の日の新聞を夜のうちに買って、夜のうちに物件をチックして住所がわかれば夜のうちに見にいった。それでも全部すでに決まっていてなかなか新居が見付からない。ある日、学校から帰ってきたら、おとなりさんがパースにある家をチェックしていた。広告の内容を読むと、裏に小屋もついているということで、とりあえず見るだけ見に行ってみることにした。オーナーはベトナム人で、日本人好き。庭をはさんで裏の小屋にはトイレもシャワーもついている。表の家は4部屋あり、天井も高くなかなか綺麗。庭にはレモン、ぶどう、ザクロの木が生えている。家賃も4人で割れば払えないことはないので、最初は別々に探していたのだが、とりあえず4人で住みましょうか。という結果になった。

ごみ拾い生活

さて、引っ越したのはいいが、家具が何もない。前の家は家具付きだったので自分たちの家具は持っていない。みんな金もない。ということで、粗大ゴミを拾いあさった。電子レンジ、扇風機、食器、鍋、ソファー、テーブル、椅子、ベッド、テレビ、自転車、洗濯機など。驚くことに電化製品であってもまだ使えるのに捨てられてる事がある。大きな冷凍庫を拾ったときは、50ドルで売ることもできた。その50ドルで冷蔵庫を買うなどして家具はすぐに普通に生活できる程度そろった。また、ごみではなかなか拾えないシーツや掛け布団などはチャリティーショップで安く買った。日本の感覚で言ったら知らない人の捨ててあるベッドでなんて寝ることはできないだろう。でも関係ない。ホテルやバッパー泊まったって他人の寝たベッドなんだから。こっちに住んでからあまりそういう細かいことを気にしなくなった。いや、ただ貧乏で生活に困ってただけかな。でも、自分自身も格好をつけずに自分が自分でいられるような気がする。寝癖をつけて町を歩いてもなんとも思わない時期もあった。Tシャツに穴が開いていても首のところが伸びていても気にならない。スキンヘッドにできたのも周りの目を気にしなくなったからかもしれない。もちろん、まったく人の目を気にしないわけではないが、他人が自分のことをどう思おうとあまり関係ない。人に迷惑をかけてるわけじゃないんだから。スキンヘッドにマジックで七三分けを描いたときは見られてたかもしれないけど。


大学の仕組み

やっと大学の話に戻ってきました。学期は前期と後期、半年ずつに別れ、科目によって違うが、航空関係の授業では中間テスト2回、期末テスト1回で、3回の試験の結果で50%以上の点数をとれば進級できる。日本風に言うと50点以上。写真や、絵画など、科目によっては試験の変わりに作品提出という科目もある。なんだ、たったの半分の50%でいいのか。そうです。ちゃんと勉強すれば難しいことではないが、落第している人も多くいるので甘く見てはいけない。そして、やはり大学というと就職前の最終学暦なので、いい点数を取って会社にアピールしたい。そうなるとただ卒業するだけでなくいい結果をのこしたい。わからなかないことがあれば先生に聞き、提出物は期間内に提出し、暗記するものは暗記して、計算問題なら練習しておけば、進級はそんなに難しいものではないでしょう。とくに計算問題。アメリカもそうかもしれないが、オーストラリアは公式を紙に書いてテストに持ち込んでかまわない。だから問題を公式に当てはめればいいだけ。それでも、いろんな公式をパズルみたいに組み合わせないとなかなか解けない難しい問題もあるが、日本の数学を経験していれば大した事は無い。やっぱり日本人にとって最大の難関は英語でしょう。

次のページへ

Copyright(C)Since 1999 株式会社ベイン Vane Co. Ltd. All Rights Reserved.